庭の千草

91歳の母が肺炎で入院してから2週間が過ぎた。高年齢に加えて栄養失調になっており、いつ異変が起こるかわからないと医師から説明があったと、妹が知らせてくれた。

心配だが面会は許可されず、病院に電話で病状を教えて貰うことしかできないでいる。幸い、歯茎で潰せる柔らかさの食事が食べられるようになったようで、再会への希望がかすかにつながったと思う。

貧しい家庭に育った母は、働く親に変わって家事や歳の離れた妹の育児のために、学校にはほとんど行けなかったそうだ。落ちこぼれの子には厳しい担任の先生で、体罰も受けたと聞いている。

担任の先生は音楽の先生で、褒められたのは母のソプラノの歌声だったらしい。澄んだ声で6歳違いの弟に子守唄を歌っていたのが、わたしの記憶にのこっている。それを聞くと、母の温かさが私にも伝わって涙ぐんでいた。

母のソプラノは私にも遺伝したのだった。喋る声は女性にしては低いのだが歌うと高音がでて、人前で歌う経験もしてきた。

今、庭の千草の曲を復習している。母が、厳しい音楽の先生に褒めて貰った唯一の曲なのだ。間にあえば、私の声でこの曲を母に聞いて貰いたいと思っている。