72歳のアルバイト

1月第2週から、毎日曜日にデイサービスで昼食を作るアルバイトが始まった。前回、前々回は施設の調理員さんが献立を立ててくれた通りに、見守って貰いながら調理したが、今回は初めて全てを一人でやってみた。

多少の緊張感はありながらも、利用者さんと会話をしながら作業する事も出来て、いい感じに昼食時間前には仕上がった。炊き込みご飯、サワラの照り焼き、白菜の煮浸し、人参のグラッセ、きゅうりの酢の物、豆腐のあんかけ、それに蕪の味噌汁を作り、調理員さんの作り置きの煮物と柚子大根を添えた。

利用者さん達は、介護士の声に合わせて、食前に発声しながら口の体操をする。咀嚼を促し、誤嚥を防止するのだそうだ。

いただきます!と、挨拶をして食事が始まった。それぞれ自分のペースで食べ始めたので、私の作ったものが口に合うだろかと不安になりながら、少し離れて見守っていた。お箸の使い方がきれいな人が多いと、90歳代の人達の箸さばきに見入ってしまう。

この施設の利用者はお元気で、食事を楽しみにしている人が多いと聞いている。一つ一つ、空になっていく食器を見ながらホッと胸を撫で下ろす。ところが、車椅子に乗った一人の食事がなかなか進まないことに気が付いた。介護士さんも、もう少し頑張ろうと、励ましているがピタリと箸がとまり、静かに箸置きに箸を納めてしまったのだ。

前回も前々回も主食以外は残さずに食べていたと記憶している。やはり、調理員さんと私の料理は何か違うのだと思った。炊き込みご飯はもう少し柔らかい方がよかったか、白菜はもっと薄く削ぐべきだったか、主菜の皿は盆の手前の見易い位置に置くべきだったか…
私はあれやこれやと原因探しをしていた。

そして、ハッと気が付いたのだ。車椅子の人は9時に登所して来た時にコーヒーとおしぼりを出したが、確かその時に板チョコを食べさせて貰っていた。本人はさほど食べたい様子ではなかったので、介護士さんも適当に切り上げていたと思う。朝食を食べていないからと家人が持たせたのだと言っていた。

彼女の食欲がなかったのは、あの板チョコを食べたからではないか?いや、きっとそうだと思う。私は、やっと気持ちが落ち着いたのだった。

普段、わたしがカフェで作っているのは普通食、ここでは高齢者に喜んでもらえる食事を作らなければならない。この違いをこれから勉強していこう。