難しかった注文のわけ

今はカフェのオーナーシェフだが、その前は保育士で園長も18年間していた。その時の保護者や園児たちがお客様としてカフェを利用してくださることもある。先日は、そんな保護者から、15名のホームパーティーの料理を頼まれたのだ。予算をお尋ねすると、料理も予算も「お任せ」だと言われたのだった。コロナウィルスの影響でカフェの経営が大変なのを察して、応援してくださる意味合いがあると私は察した。ありがたいお申し出で、喜んでお受けすることになった。

 

「お任せ」と言って下さるのだから好きにやればいいではないかと思いつつ、考え込んでしまったのだ。お客様に満足して頂けるお料理を提供することが一番大事だとは思う。そこで、今まで店でお出しして評判の良かった料理を出来るだけ思い出して書いてみる。女性が多いので野菜料理中心にしてほしいとの希望は聞かせてもらっていた。季節の野菜を彩りよく使った料理がいいだろう。

メインのうち肉料理は、ご主人が自慢のローストビーフを作ってくれるらしい。では、私は魚料理で鯛の姿焼きに決めた。ローズマリーローリエを凧糸でまとめたものをエラと胸に差し込んで、胸にはニンニクとレモンも詰める。塩こしょう、オリーブオイルを振りかけてオーブンで焼く。これを2皿。パーティーではインパクトがあるだろう。

行きつけの道の駅に行くと、小さいがビーツが出ていた。これでボルシチを作ろう。紫紺のナスは揚げてミートソース挟もう。お子様用に朝採りのコーンでクリームコロッケを作ろう。 前菜は鯛とアボカドのフリット、ピクルスにマリネ。キッシュを3種類。サラダは何種類か用意しよう。これで、ほぼ、メニューが決まった。

しかし、肝心の予算が立てられないのだった。「お任せって!」と、何回もつぶやいては、ため息が出る。わたし、試されてる? そんな人たちでないことは、一番よく知っているはずなのに苦し紛れにこんなセリフまで吐いてしまう。

1週間前になった。ピクルスやマリネの仕込が始まった。この時点で腹をくくった。私が普段使っている食材で調理をしようと。仕上がった料理にかかった費用から逆算して料金を請求させていただこう。そう決めると心が落ち着いた。大まかな当日までの流れを書いた表と、毎日の細かい作業手順を書いたタイムスケジュールを作って、それをこなしていった。

だが当日の土曜日は、雨だというのにランチのお客が普段より多かったのだ。お料理を取りに来てくれる17時半まで残り2時間に迫っていた。必死で追い込み、なんとか間に合わす。お料理の入った皿と一緒に私と娘も車に同乗して、会場のお客様の豪邸に到着した。

奥様が作られた参加者名簿には、私と娘の名前が載っていた。「ああっ」と、おもわず声が出てしまった。最初から、パーティーの一員として迎えてくれるつもりだったのか…

冷えたワインに、ローストビーフがおいしかった!

こんな、心温まるおもてなしを受けたのは、初めての経験だった。気が付けば日付が変わろうとしていた…